“モノズキ”  『好きで10のお題』より

 

 もうすっかりと春なんだなぁと思わせる陽差しが、広々としたお庭のそこここに満遍なく降り落ちていて。風格あるお屋敷の白壁にも反射をし、目映いばかりに照らしてる。あちこち種類の違う茂みの中には、早々と若葉が出かかっているのもあって。マッチの頭みたいな蕾が出ていたのは沈丁花かなぁ? それとは違う茂みのほうから、

  ―― かささ・がさごそ

 さっきからそんな、木葉擦れの音がする。ああ何だかドキドキするよぉ。今 見つかっちゃあ何にもならない。でもでも、すぐに判っちゃうかも知れないかなぁ。今日は暖かいから格別、匂いも立ってしまってるんだろし。それより何より、気配や何やからでも探し出すの上手だし。

 “はやや、どしよ。////////”

 胸元へと抱えたまんまにしているのは籐の籠で、中にはお宝が4つほど。早く隠さなきゃあいけないのに、もたもたと場所を探してる段階で、追っ手の気配が寄って来ちゃった。見つかっちゃうだけならともかくも、

 “ワンコや猫は、チョコ食べちゃいけないって言うし。”

 ミルクの匂いがするから寄って来るかもしれないけれど、カカオの何とかって成分で中毒を起こしてしまうんだって。だから ウチでも、タマには開けられない冷蔵庫に仕舞うようにって言われてる。

  ―― かさこそ・がささ

 わわっ、何かやっぱりこっちへ来てる。しかも足取りまで早くなってない? どしよどしよ、こうなったら大っぴらに別のところへ逃げようか。蛭魔さんだって怒んないだろうし…って、



  「わふっ、わうわうわうっ!」
  「ひゃあぁあぁぁぁっっ!!」


 見ぃつけた♪と 音符つきで言わんばかりのご機嫌っぷりで、スズカケの樹の陰、ドウダンツツジの茂みに紛れ込んでた小さな人影へ、そぉれっと飛びついたのは。ふわふかな毛並みをした小さなコリー、こちら様のお屋敷で飼われている、まだまだ幼年生なシェットランド・シープドッグくんであり。

 「わうわうっ!」
 「わ、判ったって。ちょ…キング、どいてよぉ〜。」

 初めて出会った時から妙に懐かれまくりの俊足の君。屈んでいたところに急襲かけられたせいだろう。突き飛ばす訳にもいかないが、さりとて…小柄で非力な身なものだから。中型犬のシェルティにのしかかられて、起き上がれずの大ピンチ。ワンコの方には“遊ぼう、遊ぼう”という頭しかないのだろうが、顔やら首もとやら、制限なしに舐めまくられては堪らない。

 「にゃ〜んっ。」

 思わず出てしまった鳴き真似の猫もかくあらん。自力ではどうにも出来ないようと、ただただ困っているばかり。それでも、じたばた暴れたことが功を奏したか、

 「な〜にやっとるか、お前。」
 「あっ、蛭魔さんっ。」

 ばさばさと蹴立てられてる茂みの音に招かれた格好、今日の御用の招待主がひょこりとお顔を出してくれて。遊ぶの遊ぶのと楽しそうなシェルティくんを、抱え上げての退かしてくれて。
「今日は朝から中庭のほうで繋いどいた筈だったんだがな。」
 それを示唆するかの如く、いなくなった〜っと慌てて探していたらしいメイドさんが駆けて来たのへ、ここ蛭魔邸のお坊ちゃまがひょいと片手を挙げて見せる。ご持参なさったリードを繋いだだけじゃあ いやいやと抵抗したもんだから。うら若きメイドさん、ごめんあそばせと小さなシェルティくんをひょいと抱えて撤収して行かれ。いかにもなスタイル、額に小手をかざしてそれを見送る誰か様、
「毛並みのせいでデカく見えるが、女でも抱えられんだぞ?」
「ううう〜〜〜〜。」
 手も足も出なかった瀬那の、相変わらずの非力を揶揄するところが、そちらも相変わらずな悪魔様。

  大体だな、こんなややこしい所に隠してどーすんだ、お前。
  え? だって、簡単に見つかっちゃあ詰まんないじゃないですか。
  相手は幼稚園児や小学生だぞ?
  ……蛭魔さん、最近の小学生は大人ですよぉ?

 「小学生と何かあったのか、お前。」
 「…。///////」

 冗談はともかく。
(笑) 実は結構な邸宅がご実家の蛭魔さんから、突然の招集を受けた、韋駄天ランニングバッカーくん。ちょっとした迎賓館並みのお屋敷へ、お邪魔しますと伺ったそのまま、こちらへどうぞと通されたのが。これまた緑地公園ばりの、奥行きあるお見事なお庭のほうで。
『おお、来たか。』
『セナくん、いらっしゃい♪』
 営業用じゃあない にっこり笑顔で、出迎えてくださった桜庭さんがおいでなのは判るが、

 『………。』

 何でこの人までが居合わせるの?と、セナくんを戸惑わせたのが、

 『進さん?////////』

 王城ホワイトナイツの最速最強ラインバッカーさんの勇姿だったりし。春休みではあったけど、合宿は新入生も同行させる勝手がいいように、四月に入ってからだというのも聞いてはいたけれど。お休みならお休みで、止まったら死んじゃう回遊魚のマグロの如く。何十キロでも走るし何十キロでも担ぐし、何百回でもリフトアップしまくる壮絶な自主トレに勤しむ人が 何でまた。

 『…いや、そこまで具体的に驚いたわけでは。///////』
(笑)

 先に来ていて事情も聞いているらしき彼が、トレーニングウェア姿のその手元へと携えていたものがまた、少々違和感ありまくりなブツであり。
『あ、セナくんにも参加してもらうからね。』
 視線が外せぬままキョトンとしているランニングバッカーくんへ。やはり同じものを手にしていた、彼にはなかなかそぐう代物、アメフトボールくらいの大きさの、籐で編まれたものだろう手提げ籠を“ほら”と差し出した桜庭で。中には、水玉模様や縞模様の、そりゃあカラフルな玉子が数個収まっており、
『……あ、もしかしてイースターの玉子ですか?』
『ピンポ〜ン♪ よく知ってたねぇvv』
 にこにこと微笑ったアイドルさんの立ってた傍ら、庭置きのテーブルセットに用意されてた、玉子の小山へ手を伸ばした蛭魔さんの言うことにゃ、

 『まあ正確には日にちが全然違うんで、ウチじゃあ“初午の玉子”って言ってんだがな。』

 裸一貫から身を立てた、蛭魔さんチのお爺様は、ここにこのお屋敷を構えたそのおり、近所付き合いの一環のようなものとして、他の屋敷でも催されていた“初午”のもてなしを毎年忘れずに開いていた。

 『初午のもてなし?』
 『ああ。稲荷の祭りだそうでな。
  その年の一番最初の午の日が稲荷が降臨した日だからってことで、
  祠のある辻や屋敷で飲み食いして祝うんだと。』
 『???』
 『妖一、大雑把すぎ。』

 ところがところが、ご近所界隈では後継者が次々と都心へ出てってしまったようで。大おとなだけのお家では、なかなかそんな催しも開けるものじゃあないらしく。徐々にそんな風習も廃れてしまい、依然として催しているのはこの屋敷のみとなり。今時の暦だと、随分と寒い時期のお招きになることもあって、春休みならともかく、小さな子供もなかなか運んでくれなくなって。

 『それでってことで、冴子姉…ウチの姉貴が、
  じゃあイースターの祭りにすりゃあいいなんて言い出しやがってな。』

 いきなりキリスト様のお祭りに塗り変わるところが、ここのお屋敷らしいっちゃらしいのかも?
(苦笑) ところが、イースターといえば“春分の後の最初の満月から数えた最初の日曜”なので、それだと年によっては新学期が始まってからになりかねねぇ。ってんで、春分の日の次の日曜って強引に決めちまってよ、と。少々呆れ半分な表情と声音で言いながら、でも、人任せにはしない、今年も執り行うぞと構えておいでの悪魔様に、ほれほれとお尻を叩かれての、お庭に隠した玉子を探す“エッグハント”の下準備。カラフルなホイルにくるまれた玉子型のチョコレートを、適当な場所へとばらまいていたセナだった訳で。

 「三時になったら映画を観終えたガキどもが出て来んぞ。」
 「わ、今 何時ですか?」

 これも屋敷の中にある、結構な規模のホームシアターにて、アニメ映画の2本立てを観賞中のよい子たち。帰国なさってた冴子様の仕切りはなかなかお上手で、今年は1ダースほどもいるおチビさんたちを破綻なく接待しておいで。3時のおやつタイムに、この、チョコ玉子を探す“エッグハント”が予定されていて、中に収められてあるカードから玩具をプレゼントするというのが例年の企画なんだとか。
「もう二時だ。」
「あ、あと玉子は幾つ残ってます?」
 今の今こそ、頓珍漢なところをご披露してしまったが、これでもあちこちに隠しおおせており、
「まあ、手持ち以外は すっかりはけたがな。」
「よかったぁ。」
 じゃあ後は此処にある4つだけですねと、自分の籠を見下ろして、辺りをキョロキョロと見回し始めるセナであり。
“そんなもん、適当でもいいのによ。”
 わざわざお招きしたうえで、さも重要任務であるかのごとく“隠せ”と命じた悪魔様ではあったれど。真相はといや、春の休みに帰省して来ていた姉や姪御から“セナくんに逢いたい”とおねだりをされたせい。そっち方向のお膳立てをしたところで、お見合いよろしく畏まってしまうようなセナだろうからと、自然体の彼でいられるようにこんな指令を出したまでだってのに、

 “…まあ、自分ごとへ“どうしよどうしよ”するばっかじゃあない日々っての、
  山ほど体験したばっかなんだろうから。”

 誰かと共に、誰かのために。人の機嫌を窺っての迂回はやめて、何がしたいかを自分の中に見つけ、雄々しくも力強い突進を選べるようになった、小さな英雄。最後の1つを花壇の隅っこに隠し終え、ほぉと息つき頬笑んで。いかにも充実したお顔になるのが、見ているこっちまで擽ったい。ともすれば25℃以上の夏日なんじゃないかというほども、それは暖かな陽気の中、先達と後輩がほてほてと並んで歩く。

  …蛭魔さん。
  なんだ。
  新入生の中に、もう目をつけてる子っているんですか?
  まあな。結構、アメフトやりてぇってクチのも来てるしよ。
  そっか、だったらまたテストしなきゃあですよね。
  おお。おまえらも参加な。
  ひやぁ。

 とんだ薮蛇だぁと、及び腰なお顔が覗き、困った話へ首をすくめて見せたけれど。そんなさざ波が さわさわと静まると、落ち着いたお声になって訊いたのが。

  ……早かったですよね。
  何がだ。
  この1年、あっと言う間だったなあって。
  そか? まあ1年だけならな。
  え? あ…そか。…すいません。

 蛭魔や栗田ら創始者3人には、まともな形になるまで まずはの1年かかったアメフト部だ。しかも最初の1年目、いきなりムサシが抜けもして。いくらアメフトが“専門職の競技”だとはいえ、助っ人のみにて体裁だけ整えたところで最低限の連携が機能しなけりゃあ何にもならぬ。どれほどのこと、苦汁をなめ、つらい想いをしていただろかと、

 “…ってなこと、考えてるんだろうよな。”

 相変わらずに繊細な子で。お陰でこっちまで、いろいろと気を遣う性分になっちまったと、苦笑が洩れる悪魔様。
「? どしました?」
「うっせぇな。」
 お前はともかく、向こうがもっと手ぇ焼いてるらしくてよと。顎で示した庭の西面、そちらには結構な育ちっぷりの木立があったのを、思い出してたセナの視野にも、
「…もしかして。」
「そういうことだ。」
 薮の奥へと隠そうとしていたセナといい勝負。懸垂だけで登ったらしい、この庭のシンボルツリーのコナラの樹のかなり上に人影があり、

 「し〜ん、そんな上へ隠されても、誰も取りに行けないってば。」
 「む、そうなのか?」

 先程の竹林の中よりは怪我もなく届くと思ったが。はいはい、確かに葉っぱで手を切る危険はありませんけれど。これもまた“ああ言えばこう言う”の一種なのかしらんと、桜庭がしょっぱそうなお顔をし、根本に立っての声かけをしておいでなその頭上には。それごと玩具に見えかねない籐の籠ごと、葉陰へ隠そうとしていた誰か様。
「ズボラからやってることじゃあないのだろうが。」
「でしょうね。////////」
 どうしてだろう、自分の身内が済みませんという気持ちになってしまうセナでもあって。でもでも、お顔がぽうと赤くなったのは、そこから来たものじゃあないみたい。だって、

 「凄いなぁ。ボク、自覚のあるままで木に登ったことないんですよね。」
 「そうさな。一度だけ登ったのを見たが、あれは酔っ払って…。」
 「あわわ…。///////」

 立派な酔態だったことへと照れる前に、

 “あれを凄いと褒められる感性の方をどうにかしろ。”

 タデ食う虫も好き好きってかと。真面目な真人間に見せといて、実は行動が方向音痴な似合いのバカップルへ。鋭い目許、やや呆れたように細めてしまった悪魔様であり。

 「進さん、樹の皮がいっぱい。」
 「お。」

 ほぼ飛び降りて来たような速やかさにて、樹上から地上まで戻って来た、いかついお顔の朴念仁。怖がるなんてとんでもないない、パーカータイプのトレーナーの、袖やら腕やら胸元やらに、まぶされてしまった木屑を払う手元も甲斐甲斐しく。世話を焼くのさえ嬉しくてしょうがないと、含羞みつつも愛らしく微笑ってる秘蔵っ子の様子に、

 “……ま、本人がアレで良いって言ってんなら仕方がないが。”

 そうと呟く蛭魔へと、

 「………妖一、親代わりって顔してる。」
 「あんなデカい息子はおらん。」

 さりげなくもすぐ傍らへと寄っていた、長身美形の恋人さんへ向け、すかさず悪態返していれば世話はない。物好きなのはデビルバッツの伝統なのかも知れませんねと。どこかの木陰で、目には見えないウサギさんが“くすすくすすvv”と微笑っていそうな。そんなホカホカな春の午後……。




  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.03.21.


  *原作で ちょこりちょこりと設定が明らかになりつつあるせいか、
   ウチでもあんまり触れてなかったせいか、
(…もしもし?)
   すっかりとうっかりと筆者からして忘れ去っておりましたが。
(おいこら)
   うっとこの蛭魔さんは、
   起業家のお爺様が一代で成功して財を成した末の、
   資産家一家の末の坊っちゃまで…捏造の極みでございまし。
   実家で飼っているシェルティのキングちゃんは、
   どういう訳だかセナくんに懐きまくっております。
   そして、このキングちゃん。
   年の差シリーズでは葉柱さんチで飼われており、
   アドニスシリーズでは、桜庭さんチで…飼われてたんじゃあなかったか?
   ズボラして重複させるのも善し悪しです、はい。
(こらこら)

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv *

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